名曲はいつまでも色褪せない!
ただただ、かっこよい。
今の方が、昔の声よりも好きだーー!
チューリップは1971年に結成された音楽グループ、この『青春の影』は今聴いても、なぜか古さを感じない。
フォークや歌謡曲が主流だった音楽シーンにポップス(&ロック)という新風を吹き込んだバンドとのこと。
まさに日本の音楽シーンの一時代を築いたグループなのだと思います。1989年に一度解散してしまったようですが、1997年以降、度々再結成しており、コンサートツアーなど活動を続けられています。
ボーカルはチューリップのリーダーであり、音楽プロデューサーや俳優、物書きとしても多才に活躍される財津和夫さん。
昔の映像では、今よりも少し太く、伸びやかな声、それはそれで十分いい声なのですが・・・。
今の財津さんの声は、はかなさや透明感が出ていて、この曲にはむしろ今の声の方が合っている気がします。
そして、抑揚のある歌い方が本当に素敵です。同じ曲でも、財津さんにしか出せないぞこの音は!
もちろん作詞作曲も財津さんです。
実はこの青春の影という曲『青春の影論争』なるものが存在します。すなわち、この曲はプロポーズの歌?もしくは別れの歌か?どっちなんだぁ~~🌀!?という論争です。
歌詞もすごく良いのです。
君の心へ続く長い一本道は
いつも僕を勇気づけた
とてもとてもけわしく細い道だったけど
今君を迎えにゆこう
自分の大きな夢を追うことが
今までの僕の仕事だったけど
君を幸せにするそれこそが
これからの僕の生きるしるし
愛を知ったために涙がはこばれて
君のひとみをこぼれたとき
恋のよろこびは愛のきびしさへの
かけはしにすぎないと
ただ風の中にたたずんで
君はやがてみつけていった
ただ風に涙をあずけて
君は女になっていった
君の家へ続くあの道を
今足もとにたしかめて
今日からは君はただの女
今日から僕はただの男
一番の歌詞ではこれまでの"道のり"の回想やプロポーズを示唆する言葉が並び、「君を幸せにするよ」とポジティブな印象を残します。
一転して、二番では恋から愛へと変わった時の心境の変化がうまく描写されており、「涙」という言葉が巧みに使われております。「涙」は嬉しくても、悲しくても出るので、どっちで出る涙を表現しているんだこれは?嬉し泣き、悲し泣きのどちらで解釈するのかで大きく変わってくるかと思います。
そして、結論部分、「今日からただの女、ただの男」、夫婦じゃなくて他人になったのか、そうか別れの歌だなと単純に解釈してしまいがちです。
しかし、その前に「君の家へ続くあの道を今足もとにたしかめて」という言葉があり、この言葉にはポジティブな印象を与えられます。
もしかして夫婦になった後の事を意図しているのかな?とも読み取れます。
ここで重要なのは「ただの」の意味ではないでしょうか?
辞書を引いてみると、
ただの:
・取り立てて言うほどの価値・意味がないこと。
・何もしないこと
・ありきたりに、普通に
夫婦になると、「あなたのこと好きです」ってなかなか言わないですよね。ただの男と女は、普通、すなわち日常のありきたりな男と女の関係になるよねという意味かもしれないです。
最初はわたしも世間と同じマジョリティー 、"別れの曲" かなと感じてしまいました。しかし、よくよく考えてみると、夫婦になることはこのような普通になることを意図しているという捉え方もありなのかも・・・。もしかして、プロポーズの歌かもしれないと思えてきます。
皆様はどう思われますでしょうか?
この命題の結論は出そうにないですね。考えることができる余白をわざと作っているところがまたすごいですね!
ところで、2年前に財津さんは病気を患い、思うような活動ができていなかったそうですが、現在は復帰され、コンサートツアーの最中とのこと。嬉しい限り、生涯現役ですね。
オレもこんな感じでカッコよく年を重ねたいぞ!
音楽ソムリエ
なゆた